ダウンスイングは物理に反する
「科学する野球」に,ダウンスイングとアッパースイングが偏心衝突になることについて記載がありますので,その部分を引用します.アッパースイングはアップスイングとは異なります.
バッティングはバットでボールを打つことですから,バットとボールとは衝突という現象を起こします.この衝突には中心(向心)衝突と偏心衝突とがありますが,バットとボールとは中心衝突を起こさなければ,効果的な打撃を得られないので,偏心衝突ではボールはすばらしいスピードで遠くに飛んでくれません.ですからバットとボールとを中心衝突させるにはどうすればよいか,ということを物理に則って突きつめていかなければなりません.
そこでまず,トンカチを握り,クギを打ってみましょう.図43はトンカチとクギとは中心衝突していますから,クギはスイスイと打ち込まれていきます.ところが図44はトンカチをクギに向けてダウンに打ち込んで,偏心衝突していますから,釘は下向きに曲がって中へは打ち込まれません.図45はトンカチをクギに向けてアッパーに打ち込んで偏心衝突していますから,クギは上向きに曲がって 中へは打ち込まれません.
このことからわかることは,トンカチで釘を打つ時,ただひとつの打ち方しか中心衝突を求めることはできないということです.打ち方は二つも三つもない,ただひとつということです.
バッティングについても,バットでボールを打つ打ち方は,中心衝突を求める限り,ただひとつしかないのです.ですからダウン,レベル(地面に水平),アッパーと三通りもあるスイングは打ち方ではなく,ただバットの振られる軌道が地面に対してどう振られるかというに過ぎません.
引用元:科学する野球・打撃篇,p.42,43
クギが投球の軌道を表すとすれば,中心衝突を起こしてクギを打ち込むためには,ダウンスイングやアッパースイングはしてはいけないということが述べられています.
投球の軌道は,リリースポイントから捕手のミットまで落ちてくる軌道になるので,実際の軌道に合わせるとクギは水平ではなく,多少下向きになります.
クギが下向きであれば,中心衝突を起こすためには多少『アップスイング 』をしたほうがよいことになります.
『アップスイング 』で中心衝突を起こせば,打球の速度,打球の角度が大きくなるため,「フライボール革命」にもつながってきます.
アップスイングとアッパースイングとの違いについては,「テッド・ウィリアムズ選手のアップスイング-アッパースイングとの違い」の記事をご覧ください.
ダウンスイングが日本に持ち込まれた経緯
このダウンスイングは,昭和三十六年に川上監督(当時)が,巨人軍を率いてフロリダのドジャータウンでキャンプを張った時,渡米土産として持ち帰ってきたものですが,その後,荒川博氏(巨人軍打撃コーチ)がこのダウンスイングで王さんを育てたということで,ダウンスイングが正しいスイングとして一躍クローズアップされました.
しかし,王さんのスイングは決してダウンスイングではなかったと思われるのは,私一人ではないと思います.
王さんの日記がテレビで一部公開された時,今日はダウンスイングで打ってみようと書かれていたのは,スランプに悩んだ挙げ句のことでしたから,いつもはダウンスイングで打っていなかったことがこの一文からはっきりとわかります.
引用元:科学する野球・打撃篇,pp.43-46
ダウンスイング論者がダウンスイングを是とする理由
ところで,ダウンスイング論者がダウンスイングを是とする理由として,バットは地面に対してレベル(水平)に振っているつもりでもバットの先は下がり,アッパーになっているのでダウンに振って初めてレベル(水平)になると説いているので,ダウンスイング論者はもともとレベルスイング論者ということがわかります.
ところが,従来のレベルスイングは,ミート・ポイントでバットを地面に水平にするのに,バットは構えられた位置から図46のように半円を描いて水平にされるので,図47のように高く構えた位置から斜め下(四十五度)に直線的に振り下ろしてバットを水平にするのに比べて,遠回りしているから,バットをボールに向けて最短距離を通って当たるようにするために,ダウンスイングしなさいと説いているわけです.
引用元:科学する野球・打撃篇,p.45
従来のレベルスイングが,図46のように半円を描いて水平にされ,バットが遠回りするので,図47のように 四十五度に振り下ろしてダウンスイングし,バットが最短距離を通ってレベル(水平)になるようにするということが述べられています.
ダウンスイングが日本に持ち帰られた当時は,図47のように 斜め下にバットを振り下ろすものと理解されていましたが,後日,来日したドジャースのバッティングコーチ(当時)ケニー・マイヤーズ氏が「バットを振り下ろしたあと,両手首を返して打つからバットはレベル(水平)な振りになる」と川上監督にいわれてから,バットを水平に振るためのダウンスイングになったとのことです.
ダウンスイングではインパクト後,両腕を伸ばすことができない
ダウンスイングの素振りを見てみると,写真13のように,スイングの始めから終わりまで,前腕が伸びていません.このような腕の使い方では,インパクト後に大事な両腕を伸ばすことができません.
インパクト後に両腕を伸ばすことは,わかりやすくいうと,両腕が伸びきるまで球の芯を打ち抜かなければならないということですが,バットの撃力のほうが投球された球の力より大きくないと,インパクト後両腕を伸ばすことができません.
しかし,打者が投球された球の力を上回る撃力をバットに与えても,バットの撃芯とボールの芯とを中心衝突させないで,ダウンスイングのように偏心衝突させると,バットの撃力がボールに十分加えられませんから,バットがボールに与えるエネルギーが小さいので,かりにダウンスイングでインパクト後両腕を伸ばすことができたとしても,打球はそれほど遠くには飛んでくれません.
引用元:科学する野球・打撃篇,p.49,50
現在,ダウンスイングの指導が行われているのか,ダウンスイングということばが死語となっているのか定かではありません.
実際に指導が行われる場合は,おそらくレベルスイング(このことばも使われていないのかもしれませんが )論者としての指導になると思われますが,ダウンスイング自体は偏心衝突を起こすもので正しいとはいえないということです.