「内側側副靱帯損傷のメカニズムを完全解明⑦-肘を突き出す向きによって外反ストレスの大きさが決まる」では,内側側副靱帯を損傷する投手の条件として,次の4点を挙げました.
- 肩を固定して投げる
- 肘を突き出して投げる
- 投法がスリークウォーターであること(スリークウォーターに近いオーバースローを含む)
- タイプ4(水平),タイプ3(垂直<水平)の腕の振りであること
この4点だけでは不十分なため,他の条件について解説します.
腕の振りが速いほど外反ストレスが大きくなる
下図のように,肘の突き出しによって,前腕を後方に回転させる(肩関節を外旋させる)モーメントが生じますが,このモーメントは腕の振りが速いほど大きくなります.
腕の振りが速くなると,上図の前腕を後方に回転させる(肩関節を外旋させる)モーメントが大きくなり,前腕が後方に強く振られるため,外反ストレスが大きくなります.
腕の振りが速いということは,球速が速いということなので,球速が速いことが内側側副靱帯を損傷する投手の条件として,新たに付け加えられます.
タイプ3,タイプ4で球速が速くなる
球速が速い(腕の振りが速い)ことが内側側副靱帯を損傷する投手の条件となることを述べましたが,腕の振りのタイプによって,球速が決まってくる傾向があります.
ボールの切り方と球質,球速との関係 | ||||
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ボールの切り方 | タイプ1 垂直 | タイプ2 垂直=水平 | タイプ3 垂直<水平 | タイプ4 水平 |
ボールの回転数 | 多い | → ← | → ← | 少ない |
リリースポイント | 体に近い | → ← | → ← | 体から離れる |
腕の振り幅 | 小さい | → ← | → ← | 大きい |
球速 | 遅い | → ← | → ← | 速い |
該当する投手 | 稲生和久 石川雅規 | M・シャーザー 涌井秀章 | A・チャップマン 菅野智之 | J・デグロム 大谷翔平 |
※垂直にボールを切るタイプ1が最も強いスピンをかけられるという前提の下に作成. ※タイプ1で必ず球速が出ない,タイプ4で必ず回転数が少なくなるということではありません. |
上表のように,タイプ4(水平)からタイプ1(垂直)になるにつれて,球速は遅くなっていきます.これは腕の振り幅が関係しています.
タイプ4(水平)では「肘の突き出し」を行いますが,腕を押し出すようにボールを切るので,腕の振り幅が大きくなります.
タイプ1(垂直)では「指が垂直な壁をさするような感じで,ボールを切る」,「手関節に括り付けた紐を下方に引き下ろすような気持ちで,前腕部を肘からスイングする」といった腕の振りとなるため,腕の振り幅が小さくなります.
腕の振り幅が小さいと,腕を加速させるための距離を確保できないので,球速は出にくくなります.
これはバッティングでバットを後ろに残してタメをつくっておかないと,バットのヘッドを加速するための距離を確保できないのと同じです.
タイプ4(水平)では100mph(約160.9kph)を投げる投手が見られますが,タイプ1(垂直)ではまず見ることができません.
タイプ2(垂直=水平)の江川投手の最速が158kphと判明?
江川卓投手の球速についての記事を引用します.
江川卓のストレートを最新技術で分析 2021年12月5日 17:13
プロ野球で“昭和の怪物”と呼ばれた江川卓さん。そのストレートを、当時対戦していた多くのバッターが絶賛。当時は正確なスピードが計測できておらず、プロ野球史上最速なのではないかとも言われていました。
4日の「Going!Sports&News」では、現在ソフトバンクに対戦相手の傾向などの情報を提供しているライブリッツ社に、当時の投球映像から初速、回転数、回転軸を割り出してもらい、正確な球速の数値を計測してもらいました。
江川さんがプロ野球人生で投じたのは2万9002球。その中で自身が「最も速かった」と話したのが、1981年に20勝を達成した時の最後のストレート。江川さんは当時26歳、大洋の中塚政幸さんから三振を奪った一球です。
解析すると、その球速は“158キロ”。当時の計測では、球速は140キロ台だったため、当時より10キロ以上速い数値がたたき出されました。その理由は、当時はバッターに近いところの終速で測られていたのに対し、現在の投手は、投げた瞬間の初速を測られているためです。
現役時代から、球が浮き上がるような軌道だったと打者から恐れられていた江川さんのストレート。縦の綺麗(きれい)な回転軸と回転数が、当時の計測よりも、はるかに速いスピードであることが、分かりました。
また“平成の怪物”と呼ばれ、今季で引退した松坂大輔投手の球速も計測。対象となったのはプロデビュー戦で日本ハムの片岡篤史さんから三振を奪ったボールです。当時は155キロと計測されましたが、分析では157キロと判明。
現代の最新技術で解析することで、かつての大投手たちの正確な数値とすごさがより分かる結果となりました。
引用元:https://news.ntv.co.jp/category/sports/987007
「当時はバッターに近いところの終速で測られていたのに対し、現在の投手は、投げた瞬間の初速を測られている」の部分については,当時,初速と終速が両方表示されるときがありましたが,割合としては少なく,ほどんどは球速のみの表示でした.
球速のみの表示のときは,初速として認識していました.初速と終速を両方表示できるのに,なぜ終速を表示していたのかよくわからないところです.
江川投手は涌井投手と同じタイプ2(垂直=水平)に属します.腕の振り幅は大きいとはいえず,タイプ1(垂直)に近い可能性もあるので(側面からの動画が少ない),最速158kphという数字には違和感を覚えます.
全盛期のマックスの1球ということであれば,可能性もないとはいえませんが,考えにくい数字であることに変わりはありません.
内側側副靱帯を損傷する投手の条件
内側側副靱帯を損傷する投手の条件は次の5つとなります.
- 肩を固定して投げる
- 肘を突き出して投げる
- 投法がスリークウォーターであること(スリークウォーターに近いオーバースローを含む)
- タイプ4(水平),タイプ3(垂直<水平)の腕の振りであること
- 球速が速いこと
尚,投球回数は直接的指標とならないため、条件には含まれません.詳しくは,「トミー・ジョン手術を受ける投手が急増-その原因とは?」 をご覧ください.