「内側側副靱帯損傷のメカニズムを完全解明⑤-上腕が外側に傾くほど外反ストレスがかかりやすい」では,オーバースロー,スリークウォーター,サイドスローの順で外反ストレスが大きくなるという見解が誤りであることを述べました.その理由について解説します.
外反ストレスが最大になるのはスリークウォーター
「オーバースロー,スリークウォーター,サイドスローの順で外反ストレスが大きくなる」というのは机上の理論にすぎません.
投球では肘を突き出す際に,前腕を後方に回転させる(肩関節を外旋させる)モーメントが生じ,外反が作用します.「肘の突き出し」を行わない限り外反ストレスが作用することはありません.
つまり,肘を突き出せるかどうかによって,実際の外反ストレスが決まります.
理論上の外反ストレスと実際の外反ストレス 投法による違い | ||||
---|---|---|---|---|
理論上の 外反 ストレス | 実際に肘 を突き出 せる力 | 実際の 外反 ストレス | 内側側副 靱帯損傷 のリスク | |
オーバー スロー | 小 | 大 | 小 | 小 |
スリーク ウォーター | 中 | 中 | 大 | 大 |
サイド スロー | 大 | 小 | 小 | 小 |
アンダー スロー | 中 | 小 | 小 | 小 |
※理論上の外反ストレスは,全力で「肘の突き出し」が行われることを前提と したときの外反ストレス. ※アンダースローとスリークウォーターの上腕の角度がサイドスローについて 対称となるため,アンダースローの理論上の外反ストレスをスリークウォー ターと同じ中とする. |
理論上の外反ストレスはオーバースローからサイドスローへと上腕が外側に傾くにつれて大きくなりますが,実際に肘を突き出せる力はどうかというと,上腕が地面に対して垂直に近いオーバースローで肘が最も突き出しやすく,上腕が外側に傾くにつれて肘を突き出すことが困難になっていきます.
つまり,理論上の外反ストレスと実際に肘を突き出せる力は,反比例の関係になります.(アンダースローを除く)
オーバースローでは,肘を突き出せる力が最大となりますが,外反ストレスは最少になります.
サイドスローでは肘を突き出すことが難しくなり,アンダースローでは体勢上,肘を突き出すことがほぼできなくなります.
スリークウォーターでは,上腕の角度的に理論上の外反ストレスの大きさが見込め,また,実際に肘を突き出せる力も見込めるので,投法の中で実際の外反ストレスは最大になるといえます.
つまり,スリークウォーターが最も内側側副靱帯を損傷しやすい投法であり,トミー・ジョン手術を受ける投手もスリークウォーターの投手が最も多いということになります.
この画像をみてわかるように,岡島投手は「肘の突き出し」は行っておらず,リリースポイントが体に近くなっている.
「肘の突き出し」を行っていないので,内側側副靱帯を損傷するリスクは小さくなる.
しかし,たとえ「肘の突き出し」を行ったとしても,岡島投手のようにオーバースローで上腕が地面に垂直に近くなる投手は,外反ストレスがかかりにくいので,内側側副靱帯を損傷するリスクは小さい.
オーバースローで投げる岡島秀樹投手
引用元:https://sullybaseball.wordpress.com/2010/12/05/thank-you-hideki-okajima/
酒折文武他の論文について
ここでは肘内側側副靭帯損傷のリスク要因について検証した論文を紹介します.
「酒折文武・圓城寺啓人・竹森悠渡・西塚真太郎・保科架風(2017):野球のトラッキングデータに基づいた肘内側側副靭帯損傷の要因解析,統計数理,第65巻第2号pp.201–215」
論文では,先発投手やロングリリーフ投手など長いイニングを投げる投手(先発投手)と, 中継ぎ投手や抑え投手など短いイニングを投げる投手(リリーフ投手)とに分けて,それぞれ肘内側側副靭帯損傷のリスク要因について検証しています.
先発投手については,次のように記載されています.
先発投手に関しては,1 試合当たり投球数 x3,球種数 x4,リリース位置横 x13 という 3 変数が選択された.まず,球種数が少ないほど故障しやすく,球種が 1 つ少ないと故障のオッズが 1/0.7509 = 1.33 倍(95% 信頼区間は 1/1.1013 = 0.91 以上 1/0.4952 = 2.02 以下)となることがわかる.これは,Whiteside et al.(2016)とほぼ同様の結果である.
また,リリース位置が体から横に離れるほど故障しやすく,横に 1 インチ(= 12 ライン)離れると故障のオッズが1.099912 = 3.14 倍(95% 信頼区間は 1.016012 = 1.21 以上 1.203912 = 9.27 以下)となることがわかる.これは,Whiteside et al.(2016)と正反対の結果である. しかしながら,Whiteside etal.(2016)の結果は横手投げの投手のほうが上手投げの投手よりも肘への負荷が有意に大きいという指摘(Aguinaldo and Chambers, 2009)と矛盾するため,今回の結果は妥当であるといえる.
そして,1 試合当たりの投球数が多いほど故障しやすく,1 試合当たり投球数が 1 球多いと故障のオッズが 1.03 倍(95% 信頼区間は 0.99 以上 1.06 以下)となることがわかる.これもWhiteside et al.(2016)とほぼ同様の結果である.
一方,登板間隔は選択されなかった.このことは,主に日本人投手の言う,1 試合での投球数ではなく登板間隔こそがリスクであるという意見に反する結果であり,MLB での投手起用の方針を支持するものである.
とはいえ,尤度比検定の結果は有意ではあるが,正判別率や疑似決定係数の値からは,リスク要因の選定に改善の余地が残されている.また,あくまでも MLB の投手における結果であり,これが日本人投手にも同じことが言えるかはさらなる議論の余地がある.
リリーフ投手については,次のように記載されています.
リリーフ投手に関しては,登板間隔 x1,球種数 x4,ファストボール球速 x8,リリース位置横 x13 という 4 変数が選択された.まず,先発投手と同様,球種数が少なく,リリース位置が体から横に離れるほど故障しやすいことがわかる.そのオッズ比は,球種数は 1/0.6697 = 1.49(95% 信頼区間は 1/1.0776 = 0.93 以上 1/0.4034 = 2.48 以下),リリース位置横(インチ)は1.052812 = 1.85(95% 信頼区間は 0.959612 = 0.88 以上 1.125212 = 4.12 以下)である.
次に,ファストボールの球速が速いほど,そして登板間隔が短いほど故障しやすいことがわかる.オッズ比はそれぞれ,1.23(95% 信頼区間は 1.00 以上 1.08 以下),1/0.4211 = 2.37(95% 信頼区間は1/0.7453 = 1.34 以上 1/0.2047 = 4.89 以下)である.これは,Whiteside et al.(2016)における,(ファストボールに限らない)平均球速が速いほど,そして登板間隔が短いほど故障しやすいという結果に対応している.
判別結果や尤度比検定,疑似決定係数の結果から,リリーフ投手に関する分析結果は妥当であるといえる.
検証結果として,先発投手については,①球種数が少ないこと,②リリース位置が体から横に離れていること,③1 試合当たりの投球数が多いことが,リリーフ投手については,①球種数が少ないこと,②リリース位置が体から横に離れていること,③ファストボールの球速が速いこと,④登板間隔が短いことがリスク要因として特定されています.
リリース位置が体から横に離れていることが内側側副靱帯を損傷するリスク要因となる
「野球のトラッキングデータに基づいた肘内側側副靭帯損傷の要因解析」検証結果 | ||
---|---|---|
先発投手 | リリース | |
対象 | 先発投手やロングリリーフ投手など長いイニングを投げる投手 | 中継ぎ投手や抑え投手など 短いイニングを投げる投手 |
リスク要因 | ①球種数が少ないこと ②リリース位置が体から横に離れていること ③1試合当たりの投球数が多いこと | ①球種数が少ないこと ②リリース位置が体から横に離れていること ③ファストボールの球速が速いこと ④登板間隔が短いこと |
※2012 年から2016 年の間にMLBで肘内側側副靭帯損傷によるトミー・ジョン手術を行った投手(手術群)74名(先発投手37名・リリーフ投手37名)と,損傷していない(トミー・ジョン手術を行っていない)投手(対照群)74名(先発投手37名・リリーフ投手37名を検証.他にも細かい設定がありますが,詳しくは 論文 をご覧ください. |
これまで述べたとおり,トミー・ジョン手術に至る投手はオーバースロー,サイドスローでは少なく,スリークウォーターで多くなります.
ですから,検証結果で「リリース位置が体から横に離れていること」が内側側副靱帯を損傷するリスク要因となるのは,当然の結果といえます.
ただし,「横手投げの投手のほうが上手投げの投手よりも肘への負荷が有意に大きい」という点については,横手投げをサイドスローまで含めると正しい見解とはいえなくなります.
サイドスローでは肘を突き出すことが難しくなり,外反ストレスの負荷はかかりにくくなるので,リリース位置が離れるといってもスリークウォーターの範囲までで,サイドスローのリリースポイントまで離れることはあまりないはずです.
以上のことから,内側側副靱帯を損傷する投手の条件は次のようになります.
- 肩を固定して投げる
- 肘を突き出して投げる
- 投法がスリークウォーターであること(スリークウォーターに近いオーバースローを含む)