内側側副靱帯損傷のメカニズムを完全解明③-「肘の突き出し」によって外反ストレスが作用する

 内側側副靱帯損傷のメカニズムを解明するには,投球動作の中で外反ストレスが作用する動作を特定することが必要です.

目次

加速期の中で外反ストレスがかかる動作を特定する

 加速期の中で外反ストレスがかかる動作を特定するには,まず,外反を引き起こしている原因を明らかにしなければなりません.

 先に答えをいってしまうと,加速期の中で肘の外反を引き起こす原因となっているのは「肘の突き出し」です

肩関節最大外旋位(MER)から肩を固定して肘を突き出すと,前腕を後方に回転させるモーメントが生じる(上から見た場合) ※阿江通良・藤井範久(2002):スポーツバイオメカニクス20講,朝倉書店,p.129 図16.11を参考に作成                   

 簡単にいうと,上図のように肘を前方に突き出すと,投球方向にFtの力が生じ,Ftは前腕を後方に引っ張る力を生じます

 この前腕が後方に引っ張られる動作が,外反ストレステストで前腕を外側に引っ張る動作」と同じ動作となり,肘を外反させます.

 腕の振りが一瞬で行われる加速期の中で,肘の外反が引き起こされるとすれば,その原因となるのは「肘の突き出し」以外考えられないということになります.

内側側副靱帯損傷のメカニズム

 この「肘の突き出し」による外反ストレスが内側側副靱帯を損傷させるメカニズムを説明すると,次のようになります.

「肘の突き出し」を行うと,肩を中心とする上腕(半径)の回転運動が行われる

  • 上腕の角速度により肘関節に求心力Fp(肩関節の方向に作用)が作用する.
  • 上腕の角加速度により接線力Ft(投球方向に作用)が作用する.

 まず,「肘の突き出し」を行うと,肩を中心とする上腕(半径)の回転運動が行われ,上腕の角速度により肘関節に求心力Fp(肩関節の方向に作用)が,角加速度により接線力Ft(投球方向に作用)が作用します.

 求心力Fpは前腕を投球方向に回転させるモーメントを生じ,接線力Ftは前腕を後方に回転させるモーメントを生じます.

求心力Fp(肩関節の方向に作用)は,前腕を投球方向に回転させるモーメントを生じる

  • 「肘の突き出し」による肩を中心とする上腕の回転運動では,角速度は初動の速度が遅いため小さくなり,求心力Fpによるモーメントは小さくなる.
  • 求心力Fpによるモーメントが小さくなるため.求心力に見合う見かけの力である遠心力は小さくなる.

 肘を突き出す動作では,角速度は初動の速度が遅いため小さくなると考えられ,求心力Fpによるモーメントは小さくなります

 なお,求心力Fpによるモーメントが小さくなるため,求心力に見合う見かけの力である遠心力は小さくなります.

接線力Ft(投球方向に作用)は前腕を後方に回転させるモーメントを生じる

  • 「肘の突き出し」による肩を中心とする上腕の回転運動では,角加速度は初動の速度が遅いため大きくなり,接線力Ftによるモーメントは大きくなる.

 肘を突き出す動作では,角加速度は初動の速度が遅いため大きくなると考えられ,接線力Ftのモーメントは大きくなります

求心力Fp(肩関節の方向に作用)によるモーメントが小さく,接線力Ft(投球方向に作用)のモーメントが大きくなる

  • 前腕を後方に回転させる(肩関節を外旋させる)モーメントが生じ,外反ストレスが作用する.
  • 外反ストレスが作用することにより,内側側副靱帯が損傷する.

 つまり,求心力Fpによるモーメント<接線力Ftのモーメントとなるため,前腕を後方に回転させる(肩関節を外旋させる)モーメントが生じ,外反ストレスが作用します

 求心力Fp(肩関節の方向に作用)によるモーメントが小さくなると,求心力に見合う見かけの力である遠心力は小さくなります.

 求心力Fp(遠心力)が小さいと接線力Ft(投球方向に作用)の作用が大きくなるため,外反ストレスが大きくなります.つまり,遠心力が原因で内側側副靱帯を損傷するということはないということになります.

「肘の突き出し」と外反ストレステストを比較する

 「肘の突き出し」は加速期(最大外旋位からリリースまで)に行われます

 動画(引用元:https://www.youtube.com/watch?v=RGVpiku7P0c&ab_channel=yas16t)から大谷翔平選手の最大外旋位とリリースの画像を載せます.

最大外旋位
リリース

 続いて外反ストレステストの内容について,再度確認します.

Elbow Medial Collateral Ligament Test 肘を20°~30°曲げて外反ストレステストを行っている.
引用元:https://www.youtube.com/watch?v=M9LdxdSAOrk&ab_channel=ThePhysioChannel

 上画像のように,外反ストレステストでは肘を20°~30°曲げ,上腕を固定した状態で前腕を親指側に引っ張って外反させ,内側側副靱帯に負荷をかけます.

 気付いた方もいると思いますが,この前腕を親指側に引っ張る前の状態が,最大外旋位に該当します

外反ストレステスト
ここから前腕を親指側に引っ張って外反させる
最大外旋位
ここから肘を突き出すと,前腕が後方に振られ外反ストレスが作用する

 最大外旋位から肘を突き出すと,前腕を後方に回転させるモーメントが生じ,外反ストレスが作用します.
 この前腕を後方に回転させる動きと,外反ストレステストで前腕を親指側に引っ張る動きは同じ肘の外反となり,外反を防ぐ役割を担う内側側副靱帯に負荷がかかります.

 

外反ストレステストでは,前腕を親指側に引っ張って外反させる
前腕を親指側に引っ張る前の状態を最大外旋位に置き換えると,肘の突き出しによって外反ストレスが作用することを理解しやすくなる

 外反ストレステストで前腕を親指側に動かす前の状態は,最大外旋位に該当します.

 最大外旋位から肘を突き出すと,大谷選手のようなスリークウォーターの投手では,肘が曲がる角度が外反ストレステストと同じく20°~30°くらいになります.

 「肘の突き出し」を行うと,前腕が後方に振られるので,外反ストレステストと同様に内側側副靱帯に負荷がかかっていることになります.

 肘の突き出しが力強いほど外反ストレスが大きくなるため,タイプ4(水平)の腕の振りで球速の速い投手では内側側副靱帯を損傷するリスクが大きくなります.

肩が固定されなければ,外反ストレスは作用しない

肩関節最大外旋位(MER)から肩を固定して肘を突き出すと,前腕を後方に回転させるモーメントが生じる(上から見た場合) 再掲

 上図(再掲)をみるとわかるように,肘を前方に突き出す際に肩を中心とする上腕(半径)の回転運動が行われます.

 この回転運動によって角速度,角加速度が生じ,求心力Fp,接線力Ftが生じて,前腕を後方に回転させる(肩関節を外旋させる)モーメントが生じ,外反ストレスが作用します.

 回転運動が成り立つためには,中心となる肩は固定されなければならないので,最大外旋位からボールリリースまで肩は固定される必要があります.

 肩が固定されているかどうかは,次の2点をチェックします.

投球動作の加速期(最大外旋位からボールリリース)において

  • 上体を倒しているか
  • 体幹を回旋しているか(肩を回しているか)
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!
目次