投手の腕の振りは4つのタイプに分類されます.タイプ1(垂直),タイプ2(垂直=水平)の投手は,肘の突き出さずに腕のしなりで投げるため,内側側副靱帯を損傷するリスクは小さくなります.
タイプ3(垂直<水平),タイプ4(水平)の投手は,腕のしなりが不足し,その不足を補うために肘を突き出して投げることになり,内側側副靱帯を損傷するリスクが大きくなります.
外反ストレスが作用すると内側側副靱帯に負荷がかかる
KOMPAS(慶應義塾大学病院 医療・健康情報サイト)の記載によると,野球肘は内側型野球肘,外側型野球肘,後方型野球肘の3つに分類され,トミー・ジョン手術の対象となるのは内側型野球肘です.内側型野球肘では,加速期に腕が前方に振り出される際に肘に強い外反ストレス(肘を外側に広げようとする力)が働き,この動作の繰り返しにより,内側側副靭帯が損傷します.
内側側副靭帯の損傷については,次のように記載されています.
スキーでの転倒のような,1回の外力で靱帯が完全に断裂する場合と異なり,野球肘では繰り返す牽引により靱帯が「伸びた」状態になっていることがほとんどです.
これは,靱帯の小さな断裂の繰り返しや変性(靭帯組織の劣化)によるもので,劣化したゴムに例えられます.投球歴の長いプレーヤーに多く発症します.
引用元:https://kompas.hosp.keio.ac.jp/contents/000191.html
内側側副靭帯は,投球動作の加速期(捕手正対時からリリースするまで)に損傷します.損傷の原因は,腕が前方に振り出される際に肘に働く強い外反ストレス(肘を外側に広げようとする力)です.
肘関節は蝶番関節という一方向にしか動かせない関節で,本来腕の曲げ伸ばししかできないようになっています.横方向の動き(外反,内反)に対応できないため,内側側副靭帯が外反を防ぐ役割を担っていますが,外反ストレスによる牽引が繰り返されると損傷に至ります.損傷の程度によっては,トミー・ジョン手術(英: Tommy John Surgery, 側副靱帯再建術)を受ける場合があります.
内側側副靭帯は投球動作の加速期に損傷する
内側側副靭帯は投球動作の加速期に損傷しますが,投球動作の期分けは次のようになります.
上図のMax External Roatation(最大外旋位)からBall Release(ボールリリース)までが,accelaration(加速期)に該当します.下図は加速期だけを取り出したものです.
左側の最大外旋位(MER)から右側のボールリリースまでの局面が加速期にあたり,この加速期で内側側副靱帯が損傷します.
外反ストレスが作用する投球動作を特定できていない
アメリカスポーツ医学研究所(ASMI)の見解(ウィキペディアより引用)
- 常に全力投球で速い球を投げようとすることが,肘の故障を引き起こすリスクを高める
- 近年のMLBでは速球系球種の球速が増加傾向にあり,中でも平均球速と最高球速の差が小さい若手投手がTJ手術に至っている傾向がある.
- 若年時からの蓄積によって故障は引き起こされる
- ASMIが10年間で500人のアマチュア選手のデータを集めた調査によると,年間の投球イニング数や1試合あたりの投球数が多ければ多いほど肩や肘の故障の確率が上昇していることが判明している.
- 2011年にアメリカ整形外科学会が9歳から14歳の投手481人の10年後を調査した結果によると,年間100イニング以上投げた投手が肘や肩の手術を受けるか野球を断念する確率は3.5倍になっているという.
ジェームズ・アンドリュースを始めとする整形外科医やシカゴ・ホワイトソックスで投手コーチを務めるドン・クーパーを始めとする球界関係者らの見解(ウィキペディアより引用)
- 靭帯損傷の最大の原因は投球フォームと主張
- 特に,両腕の肘が両肩よりも上になる逆W字型の投球フォームが肘へ悪影響を与えると言われており,グレッグ・マダックスの様に利き腕と反対側の肘が肩よりも上にならない投球フォームが理想と言われている.
- 逆W字型の投球フォームは身体に比べて腕が遅れて出てくるため,下半身等へ力が分散されることなく肘にダメージが集中してしまうと考えられている.
内側側副靱帯損傷の原因については,アメリカスポーツ医学研究所(ASMI)他,色々な見解がありますが,「速いボールを投げる」投手,「投球数が多い」投手,「逆W字型の投球フォーム」で投げる投手が皆トミー・ジョン手術を受けているわけではありません.詳しくは,「トミー・ジョン手術を受ける投手が急増-その原因とは?」 をご覧ください.
これらの見解は,一部の投手にはあてはまるけれども,一部の投手にはあてはまらないといったもので,あまり信頼性のある指標とはいえません.内側側副靭帯損傷の原因が外反ストレスであることが医学的に明白であるにもかかわらず,なぜこのような曖昧な指標が出てくるのかというと,外反ストレスが働く投球動作を特定できていないことが原因であると考えられます.