2020年5月に作成した「内側側副靱帯を損傷する可能性が大きい投手」のリストから,MLB4シーム平均球速95mph以上の投手について解説します.
4シーム平均球速95mph以上の投手(MLB)
内側側副靱帯を損傷する可能性が大きい投手 2020年5月作成 投法:オーバースロー・スリークウォーター 投球動作:タイプA-1 | ||||||
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タイプ A-1 の投手 | 投法 | 加速期で 肩が固定 される | 加速期で の肘の突 き出し | ボールの切り方 タイプ | 平均 球速 4シーム | 内側側 副靱帯 の損傷 |
アロルディス・ チャップマン | 2 | ○ | ○ | タイプ3 垂直<水平 | 98.0 | |
ライン・ スタネック | 2 | ○ | △ | タイプ4 水平 | 97.6 | |
ジョー・ ケリー | 2 | ○ | △ | タイプ4 水平 | 97.5 | |
ルー・トリビーノ | 2 | ○ | △ | タイプ4 水平 | 97.4 | ○ 2023.5 |
エドウィン・ ディアス | 3,2 | ○ | △ | タイプ4 水平 | 97.4 | |
ハンセル・ ロブレス | 2 | ○ | △ | タイプ4 水平 | 97.2 | |
マイケル・ ローレンゼン | 2 | ○ | △ | タイプ4 水平 | 97.2 | |
ジョシュ・ ジェームズ | 2 | ○ | △ | タイプ4 水平 | 97.1 | |
ゲリット・ コール | 2 | ○ | △ | タイプ4 水平 | 97.1 | |
ホセ・ ルクラーク | 2 | ○ | △ | タイプ4 水平 | 96.8 | ○ 2021.3 |
ダン・ アルタビラ | 3,2 | ○ | △ | タイプ4 水平 | 96.6 | ○ 2021.6 |
ジェフ・ ブリガム | 2 | ○ | △ | タイプ4 水平 | 96.6 | ○ 2012 |
リアム・ ヘンドリックス | 1,2 | ○ | ○ | タイプ4 水平 | 96.5 | ○ 2023.8 |
クレイグ・ キンブレル | 3,2 | ○ | △ | タイプ3 垂直<水平 | 96.2 | |
グレゴリー・ ソト | 2 | ○ | △ | タイプ4 水平 | 96.0 | |
ジョン・ グレイ | 2 | ○ | ○ | タイプ4 水平 | 96.0 | |
ジョシュ・ ストゥ-モント | 2 | ○ | △ | タイプ4 水平 | 95.9 | |
クリス・ マーティン | 2 | ○ | ○ | タイプ3 垂直<水平 | 95.9 | |
ジェウリス・ ファミリア | 2 | ○ | △ | タイプ4 水平 | 95.9 | |
アミール・ ギャレット | 3,2 | ○ | △ | タイプ4 水平 | 95.8 | |
ペドロ・ バエズ | 1 | ○ | ○ | タイプ4 水平 | 95.8 | |
リード・ ギャレット | 2 | ○ | ○ | タイプ3 垂直<水平 | 95.7 | |
ジョー・ ヒメネス | 3,2 | ○ | ○ | タイプ4 水平 | 95.1 | |
※内側側副靭帯損傷歴の有無にかかわらず,TJS歴のない投手を対象とする. *は過去に内側側副靱帯損傷歴のある投手 ジェフ・ブリガム投手については,2012年にトミー・ジョン手術を受けていたことに気づかず,リ ストを作成 ※投法 1:オーバースロー,2:スリークウォーター,3:サイドスロー,1,2:オーバースローに近いスリークウォーター,3,2:サイドスローに近いスリークウォーター ※最高球速 1:140kph~,2:150kph~,3:160kph~ ※タイプA-1:MER(肩関節最大外旋位)から体幹を倒さず,回旋せず腕を振る ※MER:Maximal shoulder external rotation 肩関節最大外旋位 ※TJS:トミー・ジョン手術(Tommy John Surgery) |
肘の突き出しは側面からの動画を観て確認しますが,YouTubeで探しても,MLBの投手の側面からの動画が見つかりません.
NPBに比べて圧倒的に側面からの動画が少なく,一部の投手しか投球動作を確認できませんでした.
MLBの投手の側面からの投球動画はほぼ見つからないため,マイナーリーグなどの古い動画で分析を行いました.画質が悪くコマ数が少ないことからスロー再生でも判断が難しい作業となったことをあらかじめお断りしておきます.
また,リリース時に胴体と上腕が一直線になる投手も多くみられましたが,タイプA-2(MERから体幹を倒さず,回旋する)との見極めが困難であるため,すべて対象外として掲載していません.
右肘違和感のゲリット・コール投手
ゲリット・コール投手の側面からの動画を観ると,肘の突き出しが見られます.
コール投手は最大外旋位からリリースにかけて上腕を倒しているので,肘の突き出しが認められます.肘を突き出すとリリースポイントは体から離れ,捕手側に近づきます.
コール投手は上体を倒して投げないため,加速期で肩がほぼ固定されます.肩を固定して肘を突き出すことによって,前腕が後方に振られる(肩関節外旋)力が生じ,その際に過度の外反ストレスが働きます.その結果,外反を防ぐ役割を担う内側側副靱帯が損傷します.
他にもスリークウォーターで,腕の振りのタイプがタイプ4(水平)であることから,外反ストレスが大きく作用します.球速も100mphに近く,内側側副靱帯を損傷する条件が揃っています.
右肘違和感のヤンキース右腕コールが大谷翔平を執刀した医師の診断受ける 米メディア報道
[2024年3月14日10時46分]
昨季サイ・ヤング賞に輝いたヤンキースのエース右腕ゲリット・コール投手(33)が13日(日本時間14日)、右肘違和感のためドジャース大谷翔平投手(29)の肘手術を執刀したニール・エルトラッシュ医師の診断を受けにロサンゼルスに向かったと複数の米メディアが伝えた。エルトラッシュ医師は米国のトミー・ジョン手術の権威として知られる。
コールは1日にオープン戦に登板したが2回を4安打3失点と乱調。右肘に違和感があるとしてキャンプ地のフロリダ州でMRIなど複数の検査を受けた。ESPN電子版によると、ブーン監督は「彼が45球から55球を投げる段階で、リカバリーに問題が出たことはこれまでなかった。シーズン中に100球を投げたときと同レベルのリカバリー時間が必要になっている」と明かしている。検査の結果、靱帯(じんたい)の断裂は発見されなかったが、懸念があるためエルトラッシュ医師に直接診断を受けることになったという。
コールは開幕に間に合わないことは確定しており、複数の米メディアは現時点では少なくとも1~2カ月は離脱することが確実と伝えている。
https://www.nikkansports.com/baseball/mlb/news/202403140000211.html
ヤンキースの右腕ゲリット・コール投手は,右肘炎症のために開幕から60日間の負傷者リスト(IL)入りしています.
今後も同じ投球動作を続けるならば,いつ内側側副靱帯を損傷してもおかしくありません.
チャップマン投手が内側側副靱帯を損傷しない不思議
動画を観ると,MERからリリースにかけて上体はそれほど倒れていません.体幹も回旋していない(肩は回っていない)ので,肩を固定して投げていることを確認できます.
画像を見ると,MERからリリースにかけて上腕がかなり倒されていることがわかります.肘の突き出しはかなり大きいといえます.
ここまでで,
- 肩を固定して投げる
- 肘を突き出して投げる
という内側側副靱帯を損傷する投手の条件の2つを満たしていることが確認できます.
肘を水平に突き出しているか?
次に,肘を突き出す方向が水平になっているかをチェックします.
この動画では,チャップマン投手はリリース後,前腕が腰のあたりまで入っているように見えますが,他の動画も含めて判断すると,タイプ3(垂直<水平)の腕の振りに該当します.
タイプ4(水平)に比べると,水平にボールを切る要素が小さいので,外反ストレスが軽減される点を考慮する必要があります.
リリース後,背番号が見えるくらい体幹を回旋する(肩を回す)ので,腕が体から離れるのが特徴です.
チャップマン投手は,スリークウォーターで球速も速いので,残りの3つの条件も満たしていることになります.
- 投法がスリークウォーターであること(スリークウォーターに近いオーバースローを含む)
- タイプ4(水平),タイプ3(垂直<水平)の腕の振りであること
- 球速が速いこと
内側側副靱帯損傷を発症する可能性
チャップマン投手は内側側副靱帯を損傷する5つの条件を満たしていますが,条件を満たしているからといって必ず発症に至るとは限りません.
チャップマン投手の場合,腕の振りがタイプ3(垂直<水平)で水平にボールを切る要素が少し小さくなることが判断を難しくさせています.
1回の投球動作でどのくらいの外反ストレスがかかるのかを推測しますが,
- 腕の振りがタイプ3(垂直<水平)だと,球速が速くても外反ストレスは小さくなる
- 腕の振りがタイプ3(垂直<水平)でも,球速が速いから外反ストレスは大きくなる
という考え方があります.
内側側副靱帯の損傷は,靱帯の小さな断裂の繰り返しにより発症するので,
- 1回の投球動作での靱帯の断裂の程度が小さい場合は,投球回数が多くないと発症まで至らない
- 1回の投球動作での靱帯の断裂の程度が大きい場合は,投球回数が少なくても発症に至る
のどちらかのケースが考えられます.
チャップマン投手はリリーフで短いイニングしか投げないので,2022年度シーズンまでの投球回数は640と先発投手に比べると少ないといえますが,この投球回数もどこまでが短くて,どこからが長いのかを判断することは困難です.
投球回数の判断によって次のケースが考えられます.
- 1回の投球動作での靱帯の断裂の程度が大きいから,少ない投球回でも発症する
- 1回の投球動作での靱帯の断裂の程度が大きくても,投球回が少なければ発症しない
- 1回の投球動作での靱帯の断裂の程度が小さいから,少ない投球回では発症しない
- 1回の投球動作での靱帯の断裂の程度が小さくても,投球回が多ければ発症する
チャップマン投手には明らかな肘の突き出しが認められ,肘を突き出して100mphの速球を投げれば,程度の差こそあれ当然,内側側副靱帯は損傷すると考えられます.
しかし,実際に発症するかどうかは,1回の投球動作での内側側副靱帯の断裂の程度✕投球回数によって決まるので,断言できません.
内側側副靱帯を損傷する投球回数まで達しない場合は,トミー・ジョン手術を受けることなく引退まで投げ続けることができます.
損傷する投球回数が短い投手の場合は,現役中に発症するということも考えられます.