フィギュアスケートのスピン
この壁際の素振りを練習するとスイングの回転速度を高めるのはなぜかというと,スイングの慣性モーメントを小さくするからなのです.
この慣性モーメントを小さくするというのはどういうことか,理解してもらう上でわかりやすいと思われる例は,フィギュア・スケートでのスピンです.スケーターがスピンに入るとき,図133のように腕を大きくひろげて回りはじめるが,そのうちに図134のように,両手を高々と頭上にもちあげて両腕を寄せるか,または両腕をすぼめて体に近付けると,スケーターは目まぐるしく回転するが,それはなぜかというと,腕の重量を回転中心に近付けたので体全体の慣性モーメントが小さくなったからで,これは,回転エネルギーを一定とすると,回転速度は慣性モーメントの平方根に逆比例する,という物理を証明しているわけです.
引用元:科学する野球・実践篇,p.205,206
上の記事で述べたように,慣性モーメント(慣性能率)Iは,m(質量)✕r(回転半径)の二乗で表されるので,スケーターが両腕を寄せるか,または両腕をすぼめて体に近付けると,r(回転半径)が小さくなり,慣性モーメントが小さくなります.
バットを体に巻き付ける落合選手
そこで,バッティングの場合はどうなるかというと,バットのヘッドをスイングの回転中心である体にできるだけ近付けてスイングすると,スイングの慣性モーメントを小さくすることになるから,スイングの回転速度を高めることができることになり,その結果,打球の飛距離は延びることになります.
写真90を見ると,落合博満選手はバットを体に巻き付けるようにして振り出し,写真91では,肩をここまで回してもまだバットを体に近く,うしろにタメています.写真92のボールの位置から判断すると,ボールに差し込まれて振りおくれるのではないかと思われるのだが,ここまで慣性モーメントを小さくしていたから,これからのスイングの回転速度が速いために,ボールに差し込まれることなく,写真93で見られる通り,両腕を伸ばしてボールの芯を打ち抜いています.つまり,落合選手のタメのきいた打撃フォームは,力学的には慣性モーメントの小さいフォームであるといえるのです.
引用元:科学する野球・実践篇,p.206,208
このように,バットを体に近付けてタメることは,スイングの慣性モーメントを小さくすることになり,それがスイングの回転速度を高めることになるのですから,この物理から,なぜバットを後ろにタメてレートヒッティングしなければならないかがよく理解されることと思います.それを,ステップした前足を着地させたとき,体重を後ろ足に残しておくのがダメだなんていうのは,物理を無視したたわ言です.写真90のようにバットの先を投手の方に傾けるこ振り振りおくれるからいけないといっている野球解説者は,この物理を知っていないのです.また,下手なバッターは写真91で手首をアンコックして,バットの先を体から離して,慣性モーメントを大きくし,スイングの回転速度を落としています.ですから,打撃の向上をはかるには,慣性モーメントを小さくするために,バットを体に巻き付けられるように壁際の素振りを重ねることです.
引用元:科学する野球・実技篇,p.208
バットを後ろにタメて体に巻き付けると,回転半径が小さくなるので,慣性モーメントが小さくなります.
「下手なバッターは写真91で手首をアンコックして,バットの先を体から離して,慣性モーメントを大きくし,スイングの回転速度を落としています」とありますが,このことについて解説します.
まず,コック,アンコックについてですが,これはゴルフ用語になります.コックとは図22のように親指の背面のほうに手を折り曲げることをいいます.
「科学する野球」ではゴルフ用語が多用され,わかりにくくなっている部分があります.引用の中で,村上氏はバットを体に近付ける動作,バットが体から離れる動作をゴルフ用語のコック,アンコックから説明したと考えてください.
写真91ではトップハンド(構えで上に来る手)をゴルフのようにコックすれば,バットを体に近付けて慣性モーメントを小さくすることができます.逆にアンコックすれば,バットが体から離れ慣性モーメントが大きくなります.
「科学する野球」ではゴルフ用語が多用されていますが,掌屈(手の平側に曲げる),背屈(手の甲側に曲げる)といったことばも出てきます.
ゴルフ用語と掌屈,背屈が結びつかないことが解説が難しくさせている一因となっています.
コック,アンコックなどのゴルフ用語については,「「科学する野球」で使われているゴルフ用語-混乱を招く一因」をご覧ください.