「科学する野球」の慣性モーメントの記述について,解説します.
前腕とバットの作る角度を小さくする
さて,構えでフライング・エルボーにしておいた後ろヒジを,バックスイングでさらに上にあげたとき,バットのヘッドを投手のほうに傾けて,慣性モーメントを小さくするようにと前に述べておきましたが,写真⑫のバース選手のバットの傾け方は,①の構えから⑤の打ち出しにかけて,徐々に投手のほうに傾けて,慣性モーメントを小さくするようにしています.これは,構えのときから,バットの先を投手のほうに傾けておいてもよいのですが,何れにしても,慣性モーメントを小さくするには,バットのヘッドをできるだけ前肩(右打者の左肩)に近づけなければならないので,そのためには,前腕(右打者の左腕)とバットの作る角度θを小さくしなければなりません.図⑱の㋑と㋺とを見比べてみますと,㋑のほうが㋺より角度θが小さいですから,バットがよくタメられて,慣性モーメントが小さくなっています.
そこで,この㋑のように,バットを体に巻きつけてスイングすると,慣性モーメントが小さいので,スイングの回転速度を高めることができます.
ところが,㋑のようにバットの先を投手の方に傾けるのは,速い球に対して振りおくれるからいけないと思っている人は,図⑲のように,バットのヘッドを速く回して,前腕とバットの作る角度θを大きくしてしまい,その結果,慣性モーメントが大きくなり,スイングの回転速度が落ちるから,かえって振りおくれることになってしまうのです.
よく,野球解説者や指導者の方で,バットの先を投手のほうに突っ込んではいけないといって指導されているのを見聞しますが,この方たちは,これが常識のウソであることに気付かれていないから,このような間違った指導をなさるわけです.私の申し上げることがウソだと思われるならば,強打者ほど前腕とバットの作る角度θを小さくして打っていますから,確認していただきたいものです.
引用元:科学する野球・実技篇 pp.43-45
構えから徐々にバットを投手のほうに傾けるランディ・バース選手
慣性モーメント(慣性能率)Iは,m(質量)✕r(回転半径)の二乗で表され,「回しにくさ」の指標となります.選手+バットの質量mは変わらないため,速くスイングするためにはr(回転半径)を小さくする必要があります.
図⑱の㋑のようにバットのヘッドを投手のほうに傾けると,前腕とバットの作る角度θが小さくなり,r(回転半径)が小さくなるので,慣性モーメントが小さくなり,スイングの回転速度を高めることができます.
写真⑫で,ランディ・バース選手が①の構えから⑤の打ち出しにかけて,徐々に投手のほうに傾けて,慣性モーメントを小さくしていることを確認できます.
フライング・エルボーで構える打者が,バース選手のように後ろ肘を上げた反動を利用して肘からスイングする場合,後ろ肘を上げるヒッチ動作のときにバットのヘッドが投手側に傾くので,特に意識しなくても前腕とバットの作る角度を小さくすることできます.